「神戸の里山から始まる、自然に寄り添う暮らしと起業 〜地域課題に取り組むローカルイノベーター〜」
世界の変革を促すイノベーションの創出を目指し、大企業からベンチャー企業、地方自治体、投資家など様々な人が集うVenture Café TokyoのフラッグシップイベントThursday Gathering。今回は2026年2月12日(木)に開催されたセッション「神戸の里山から始まる、自然に寄り添う暮らしと起業 〜地域課題に取り組むローカルイノベーター〜」をレポートします。
このセッションでは、サステナブルな暮らしと起業の可能性を広げ、移住や共創のきっかけをつくることを目的に、神戸の里山が持つ自然と都市の近接性を活かし、地域資源から新しい価値を生み出す挑戦を紹介しています。
登壇者(敬称略)
- 池尻 裕:madobe代表
- 稲垣 将幸:C-farm代表
- 安田 典充:NPO法人PinionGear代表
- 岡野内 晃代:神戸市北区地域協働課長
◇モデレーター
- 武田 卓:神戸市東京事務所長
神戸の里山とは?その魅力と特徴
神戸市といえば日本でも有数の大都会。セッションのモデレーターを務める神戸市東京事務所長の武田卓さんは次のように語ります。
「最近の神戸の情報を少しだけアナウンスさせてもらうと、空港が国際化したり、駅前のJRのビルが建て替わったり、西日本最大級のバスターミナルやアリーナが新設されるなど街自体もかなりアップデートしています。このような都市部も注目していただきたいところですが今回のテーマは里山です。ここで起業し活躍されている方たちのお話を聞きながら、都市部とは違った側面を持つ神戸市の魅力をお伝えしたいと思います」

港町のイメージが強い神戸市ですが、北西部には里山が広がっています。
「里山の地域を抱える北区、西区は神戸市の面積の7割以上を占めており、ゆったりした生活環境を持つことができる地域となっています。都市型農業が盛んな地域で、政令市の中では農業出荷額がトップクラス。昨年度は約150億円の農業出荷額となっています」
と語るのは、神戸市北区地域協働課長の岡野内晃代さん。

神戸市ではこのような自然環境豊かなエリアで起業をしやすいように様々なサポートをしていると説明する岡野内さん。
「起業の相談件数が117件、実績としても55名の方が起業しています。空き家活用を促進していますし、地域の拠点としてカフェなどを作っていただいた場合には補助金も用意しています。さらに、農村移住、起業のワンストップ相談窓口や、農村スタートアッププログラムなどの起業支援も行っています」

ではこの里山でどのようなことができるのか。実際にこのエリアで起業し、活躍している3人の方が自身の体験などを語ってくれました。
田舎と都会が隣接しポテンシャルも高い
「都心に近い地域に里山があるというのは神戸市ならでは。都会と田舎が両方隣り合わせにあるというのは、まさに可能性だらけで、掛け合わせによっていろんなことができると思っています」
と神戸の里山の魅力について語るのはNPO法人PinionGear代表の安田典充さん。神戸市北区山田町でKOBE川の音ベース キャンプ場を運営。里山の“豊かな自然”という資源を生かしながら、火を起こしたり、水を確保して食事を作ったり、雨風をしのぐスキルなどの自然体験、防災体験の場などを提供しています。

madobeという屋号で、農業を中心に、古民家カフェやキャンプ場など複合的な事業を営む池尻裕さんは、2022年に神戸市が主催する、農村での起業・創業支援を行う「農村スタートアッププログラム」に参加したのをきっかけに2023年に神戸市に移住、現在の事業を立ち上げたといいます。以前は食品メーカーに勤務していたという池尻さんは里山の魅力について次のように語ります。
「サラリーマン時代は、地域に根ざした仕事ではなく、そこにもの足りなさを感じていた部分があります。一方、里山で携わる仕事というのは、まさに地域に根ざしたものですし、地域との関わりが絶対に必要になります。もちろん難しさもありますが、人と人とのつながりの中で仕事ができるというのは大きな魅力ですね」

プロ野球選手からの転身という異色の経歴を持つのは、C-farmの稲垣将幸さん。農業を軸に農村部が抱える課題解決を目指したビジネスを展開。自社で作った野菜を出荷するだけでなく、B級品の野菜も有効活用。倉庫を改装したカフェをオープンし、その野菜を使った料理を提供しています。そのほかにも農業体験など様々な取り組みをしています。
「神戸市さんの補助金など使えるものはすべて活用、さらにはクラウドファンディングも行って起業しました。僕は神戸の出身ですが大学は千葉で遊ぶのは東京、野球選手時代は香川にいました。田舎と都会の両方を経験しているわけですが、神戸の里山の魅力は作った野菜を配達できるぐらいの距離に高層マンションがあるなど“田舎すぎず都会すぎず”なところです。とても住みやすい場所でもあります」

この地で起業しようと思った理由は?
それぞれ活躍されている3人ですが、モデレーターの武田さんの「なぜこの神戸の里山で起業しようと思ったのか」という問いには次のように答えています。
農業と飲食店を掛け合わせた起業をすることは決めており、大阪か三宮から1時間圏内でいい場所を探していたという池尻さん。神戸市は地理的な条件も合うし、起業支援のプログラムや、空き家の活用事例などがあったこともこの地を選んだ理由だといいます。
「また、農家としては直接お客さんとやり取りして販売したいと考えていました。神戸というのは、農家から直接いいものを買いたい、新鮮なもの買いたいというニーズが結構根付いていると感じたので、自分の商売のスタイルともすごくマッチすると思いました」
稲垣さんが今のビジネスを始めようと思ったきっかけはちょっとユニークです。野球をやめて出身地の神戸に帰ってきた時には体重が110キロくらいあったそうです。
「この体をオフィスワークに使うのはもったいないなと思っていました(笑)。農業の世界は皆さんが感じている以上に高齢化が進行しているんですが、その状況を知った時、僕らみたいなアスリートが農業をやれば、産業としてもう1回盛り上げることできるのではないかと感じ、農業を始めようとなったんです」
神戸の里山にたどり着いたのは偶然も大きいというのは安田さん。
「僕は京都の丹後市というところに住んでおり、そこで約20年間、職人をしていました。たまたま仕事で神戸市に来ていた時に『神戸市北区山田町の将来像を考える』というポスターを見たんです。そのポスターに使われていた画像が、今自分が運営しているキャンプ場でした。ちょうど退職するというタイミングでしたし、いつかは山に関する仕事をしたいという思いをずっと抱えていたので、すぐに区役所に問合せ、そこから話が進んでいきました」

地域資源の活用法とコミュニティとの関わり方
神戸の里山で起業を決めた三人ですが、地域の資源の活用やコミュニティにはどのように関わっていったのでしょうか。
神戸の里山ならではの地域資源の活用について、安田さんは次のように語ります。
「キャンプ場そのものが地域資源とも言えますし、そのほかあらゆるものが地域資源になり得ます。それらをどう使うかはアイデアやひらめき次第。私たちが実際に行っていることの一つが里山の木を使って木質燃料を作り循環させていく取り組みです。この活動は私一人ではできるものではなく、本当にいろんな人の関わりがあって成り立っています。人に恵まれて、ここまで進めてこられたということを強く感じています」

稲垣さんも地域資源の活用には積極的です。
「オープンしたカフェも12年ぐらい使われてないボロボロの倉庫を改装したものですし、今は空き家を活用して、地域のコーヒー屋さんから出てくるコーヒーかすを回収してキノコ作りをするなど、地域資源をうまく使おうといろいろ取り組んでいます」
池尻さんは地域のコミュニティとの関りについて言及しています。
「僕は移住前から村の行事に参加して顔を覚えてもらったり、自分のやりたいことをきちんと伝えるように努めてきました。そのおかげもあり、とてもよい関係性を築くことができましたし、商売の助けになっているっていうのはすごく感じますね。どういうビジネスをするにしても地域に応援してもらえるというのは大事なことだと思います。」
今後のビジネスと共創について
モデレーターの武田さんは、これからのビジネスと共創の可能を広げていくのは行政としても重要なテーマの一つだと言います。三人に「今後やりたいこと」について聞きました。

ビジネスの拡大を積極的に目指している稲垣さんは、昨年末には西区のお米を使った焼き菓子屋をオープン。神戸でお米や野菜が作れるということを知らない人も多いのでそのあたりをもっと発信したいとも語ります。
「また、うちは今、東京ドームの半分ぐらいの面積で野菜を作っていますが、もっとたくさん作って神戸の都心部だけでなく東京に出荷したいとずっと考えています。東京にはスタートアップも多いですし、その方たちが持っている技術や知識を農村部に落とし込めばよりスピードアップしていろんなことができるのではないかと思っています。なにか機会があればぜひコラボしたいですね」
池尻さんは、里山の魅力を知ってもらうには、夜の時間帯や明け方、朝一番の農村の姿を見てもらいたいという思いが強くあると語ります。
「そのためにはぜひ里山に泊まってもらいたいという想いがあり、次はゲストハウスやシェアハウス、一棟貸しの古民家宿のようなことをやりたいと考えています」
地域にはおじいちゃんおばあちゃんの一人暮らしの家が多く、今後はますます空き家が増加するので、それを資源の一つとしてどう活用していくかも課題だといいます。
「神戸空港の国際化に伴いインバウンドのお客さんも増えていくと思いますが、農村の暮らしや文化を見てもらうのはすごく価値があることですし、強みになるとも思っています。個人でも企業でも、なにか活用できるものがあれば是非一緒にやっていきたいですね。」
安田さんもインバウンド需要は視野に入れているといいます。
「海外の方は自然が好きな人が多いという印象があり、加えて、私の住む山田町は神社仏閣など歴史資源が残る地域でもあるので、それらも取り込んだ観光を展開することもできると思っています。また、うちとしては体験することを大事にしており、自然体験や防災体験のほか、企業研修なども可能性があると感じています。防災については、自然の中で生き抜く力を育むことをテーマにしています。いろんなアイデア同士を掛け合わせて、新たなものを生みだしたいと思っています」

ぜひ一度、神戸の里山に来てほしい
セッションの最後に語られた皆さんのコメントをご紹介します。
自社だけではできないことはたくさんあります。だからこそ、仲間や横のつながりを大切にし、活かすことで大きなことができる可能性が拡がると思っています。キャンプ場でのアクティビティは非日常なので、何をやっても新しい体験になります。そういったところに興味を持っていただけたら、ぜひ一度、神戸の里山の方に来ていただけると大変うれしいです。(安田さん)
自分も都会に住んでいた頃は、街には何でもあって、田舎には何もないというイメージが強くありました。でも今は何もないこと自体が面白さであり、遊びしろが多いというのが一つの魅力だと感じています。いろいろなものを掛け合わせて、自分のやりたいことを形にしていける遊びしろや伸びしろ、ビジネスのチャンスがここにはあります。そういうことを面白いと思える人には、ぜひ里山に来てもらいたいですね。(池尻さん)
田舎で小さなカフェをやりたいとか、農業にちょっと興味があるといった方がいらっしゃれば、いろいろご相談に乗れるかなと思っています。池尻さん、安田さんは「楽しく」という話をされていましたが、僕自身もこういった里山からどんな新しいことが生み出せるのかを楽しみながらやっているつもりです。何かありましたら、お声がけいただけるとうれしいです。(稲垣さん)

多彩なサポート体制も用意されている
今回のセッションに参加して里山に興味を持った方たちには、神戸市は以下のような支援をしていると岡野内さんは説明します。
「空き家や空き地をどんどん活用していただくために『空き家の相談窓口』を設置しています。また、ここに住みたいという方には『農村定住促進コーディネーター』にご相談いただくことができます。いきなり住むのではなく、まずはどのような地域なのかをある程度知ってもらい、丁寧にマッチングをすすめていくという仕組みがあります」
このほか、冒頭でも触れたような起業支援や補助金制度も整備されているといいます。
「里山にもたくさん課題がありますがその部分は、ある意味伸びしろだと思っています。
もし今日のお話等を通して、神戸に興味持っていただいた方、何か困ったこと、聞きたいことがあったら、ぜひ声をかけてください。必要な支援方法の提案やのマッチングなどをアレンジさせていただくこともできます」

セッション終了後は、ネットワーキングタイム。稲垣さんのショップによる西区のお米を使ったクッキーのほか、竹を使ったビール、神戸の日本酒、神戸のワイン、野菜チップスなどの試食もあり、会場は大いに盛り上がりました。
